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東京高等裁判所 平成6年(ネ)2751号 判決

甲事件控訴人・乙事件附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

勧角証券株式会社

右代表者代表取締役

加藤陽一郎

右訴訟代理人弁護士

尾﨑昭夫

川上泰三

新保義隆

井口敬明

甲事件被訴訟人・乙事件附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

秋葉信幸

主文

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  右取消し部分に関する被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  甲事件

(控訴人)

1 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

本件控訴を棄却する。

二  乙事件

(被控訴人)

1 原判決の被控訴人敗訴部分中、金四三六万一五二一円及びこれに対する平成元年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める請求に関する部分を取り消す。

2 控訴人は被控訴人に対し、金四三六万一五二一円及びこれに対する平成元年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

(控訴人)

被控訴人の附帯控訴を棄却する。

第二  事案の概要

本件は、控訴人の顧客で控訴人に株式売買の委託をしていた被控訴人が、控訴人の営業担当者から勧められてワラント(商法三四一条の一三所定の新株引受権証券)を購入したところ、ワラント発行会社の株価が値下がりし、権利行使価額を割り込んだまま権利行使期限を経過したため、ワラントは無価値となり損害を被ったが、右損害は右営業担当者が被控訴人に対し勧誘方法として許される範囲を逸脱した方法により右ワラントの購入を勧めた不法行為に基づくものであるとして、民法七一五条により控訴人に対し損害賠償を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被控訴人は、平成元年四月下旬から控訴人の四谷支店において株式売買の委託取引を開始した。控訴人の担当社員は訴え取下前の原審相被告高倉実城(以下「高倉」という。)であった。

2  被控訴人は、高倉の勧めにより、平成元年九月一日に日新製鋼ドル建ワラント七〇単位(以下「本件ワラント」という。)を代金合計一二五二万三〇四三円で買付けし、同月六日までに右代金を支払った。

3  本件ワラントの権利行使期限は平成五年八月一七日であったが、本件ワラント発行会社の株価が権利行使価額を下回ったまま右期限を経過したため、本件ワラントは無価値となった。

4  控訴人は高倉の使用者であり、高倉は控訴人の業務として被控訴人に対して本件ワラントの購入を勧誘をしたものである。

5  被控訴人は、高倉の勧めにより、本件ワラント購入以前の平成元年五月二四日にロームドル建ワラント一〇単位、同年八月二二日に日本酸素ドル建ワラント二〇単位及び三協アルミドル建ワラント一〇単位をそれぞれ買い付け、その後いずれも売却して利益を得ており、また、平成二年四月六日にも日新製鋼ドル建ワラント三〇単位を買いつけている。

二  被控訴人の主張

1  被控訴人の株式投資の金額及び回数が増えたのは平成元年初めからであるが、当時被控訴人は離婚の係争中で夫と別居して幼児を抱えていたため、生活費を得る目的で投資をしていたものであり、右一の5のワラント購入以前にはワラントや転換社債の取引歴はなく、ベテラン投資家ではない。

2  高倉は、被控訴人に対し、本件ワラントの購入の勧誘をした際、ワラントの持つリスクは説明せず、「わいはワラントの申し子や」などと言いつつ、本件ワラントが値上がりすることに強い自信がある旨述べ、儲かるものであることばかりを強調し、繰り返し長時間にわたって執拗に控訴人における被控訴人の口座の預かり金残高を超える多額の本件ワラントの購入を勧誘したため、被控訴人はワラントの専門家であるという高倉の右の説明を信頼し、必ず儲かると考えて本件ワラントの購入を承諾した。高倉は右勧誘に際し、ワラントの商品の性格や、権利行使価額、権利行使期間についても説明しなかったし、当時、本件ワラントのユーロ市場価格は一貫して下落傾向にあったのに被控訴人に対しその事実を告知しなかった。

3  被控訴人は、前記一の5のロームドルワラント一〇単位購入からしばらく後の時期ごろ以降、同年九月六日までの間に高倉から「外貨建ワラント取引のしくみ(外国新株引受権証券の取引に関する説明書)」と題するワラントについての説明のパンフレット(甲第二号証。以下「説明書」という。)の送付を受けたことはあるが、説明書の内容は比較的難解であるのみならず、ワラントのリスクについての言及は僅かであり、むしろ全体の趣旨は投資商品としての魅力を強調するものであって、ワラントのリスクを警告するものとしては不適切、不十分なものである。

4  右のようにワラントのリスクの大きいことを知らない被控訴人に対し、リスクについて充分な説明をせず、価格が下落傾向にあるのに値上がりが確実であるかのように述べつつ、一点買いによる多額の本件ワラントの購入を執拗に勧誘した高倉の行為は勧誘方法として許される範囲を逸脱するものであるから、不法行為に該当する。

5  本件ワラントは、同ワラント発行会社の株価が権利行使価額を割り込んだまま、権利行使期限を経過したため無価値となり、被控訴人は本件ワラントの購入代金相当額の損害を受けた。

6  被控訴人は、右損害のうち、被控訴人の自己責任に属する部分は五〇パーセントであると認めるので、本件附帯控訴において、五〇パーセント相当額を控除した残額六二六万一五二一円から原判決が認容した一九〇万円を控除した残額四三六万一五二一円及びこれに対する遅滞の後である平成元年九月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で原判決の取消しを求める。

三  控訴人の主張

1  被控訴人は、控訴人との間で平成元年四月二五日から株式売買の委託取引を開始し、以来頻繁に買付け及び売却取引を継続していたものであり、ドル建ワラントについても、右一の5のとおり本件ワラント購入以前に三銘柄の買付けをして売却し利益を得ている。

しかも、被控訴人は控訴人以外の証券会社との間でも取引を行っていたもので、株式投資、転換社債及びワラント投資等の取引経験が豊富で、証券知識を十分持ち合わせていたベテラン投資家であって、そのような経験や知識のない一般投資家とは異なるから、そのような被控訴人に対するワラント買付けの勧誘について要求される注意義務の程度は極めて軽いものであるべきである。

2  高倉は、被控訴人が平成元年五月二四日に右のロームドル建ワラントを買い付けた際にも、そのほかの機会にもワラントのリスク、ギアリング効果、権利行使の価額がゼロになる可能性があることを含めワラント商品の説明を十分に行っており、また、本件ワラント購入以前に説明書を被控訴人に郵送しているが、説明書には平易な表現でワラント商品の説明のほか、そのリスクについても十分な説明が記載されていたのであるから、これらにより証券取引の知識、経験の豊富な被控訴人はワラントのリスクについても十分認識していたものである。

また、高倉が本件ワラント購入の勧誘をした当時、日新製鋼ドル建ワラントのユーロ市場価格は下落傾向にはなかったし、右ユーロ市場価格は、元来、勧誘に際し顧客に告知する必要はない性質のものである。

しかも、高倉は、本件ワラントの購入の勧誘に際して虚偽の事実を述べたり、断定的な判断を示したりしたことはない。

3  右のように、高倉は本件ワラントの購入を勧誘するについて被控訴人に対するワラントのリスクの説明義務を尽くしており、勧誘の方法に不当な点はなかったから、高倉には何ら被控訴人に対する不法行為は存在しない。したがって、被控訴人が本件ワラントの購入によって結果的に損失を受けたとしても、それは証券投資に伴う当然のリスクであり、被控訴人の自己責任によるものである。

四  主要な争点

被控訴人が本件ワラントを購入したことについて、控訴人の営業担当者である高倉に被控訴人主張のような違法な勧誘行為があったかどうか。

第三  争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実及び甲第一、二号証、第三号証の一ないし四、第五ないし第七号証、乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証、第一三号証の一ないし三、原審における被控訴人本人及び訴え取下前の原審相被告本人高倉実城各尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、甲第五号証及び右被控訴人本人の供述中この認定に反する部分は採用できない。

1  被控訴人は、昭和二二年六月五日生まれであり、昭和五九年ころから株式取引を行っていたが、控訴人との間では昭和六〇年から控訴人の顧客のホームパーティで顔見知りとなっていた高倉の勧誘により平成元年四月二五日に口座を開設して株式売買の委託取引を開始した。

2  被控訴人は、従前、複数の他の証券会社との間でも株式売買の委託取引を行い、うち一社では控訴人との取引よりも多額の取引を行っており、また、株の現物取引のみならず、信用取引も行っていて、信用取引によって三〇〇万円程度の損失を被ったこともあったが、転換社債及びワラントの取引をした経験はなかった。

3  被控訴人は甲野株式会社を設立して代表取締役を務め、資産を有し、不動産、絵画の販売や英会話学級の経営等を行っており、海外出張や、ゴルフに出かけることも多く、平成元年当時は夫と離婚の調停中で、幼い子と二人で生活していた。

4  被控訴人は控訴人との取引開始後、間もなく、高倉に信用取引をしたい旨申し入れたが、被控訴人が控訴人における信用取引の取引開始基準を満たしていなかったために断られた。

5  被控訴人は、控訴人との間で平成元年四月二五日以降、本件ワラント購入までの間に一三銘柄の売買取引を行った。その取引は、おおむね高倉の勧めによるものであったが、被控訴人において銘柄を指定した取引もあり、一銘柄につき四〇万円から六〇〇万円程度の取引で、被控訴人はいずれの取引でも利益を得ていた。

この間、被控訴人は、しばしば控訴人の店頭を訪れ、また、毎日のように自動車電話、携帯電話を含む電話を掛け、海外からも国際電話をして高倉から証券市況の状況を確かめていた。

6  右5の各取引のうち、本件ワラント購入前の前記第二の一の5の三銘柄のドル建ワラントについては、被控訴人は、平成元年五月二四日にロームドル建ワラント一〇単位を一八〇万四三七五円で買い付け、同年八月二二日に二四一万五九五五円で売却し、同日に日本酸素ドル建ワラント二〇単位を三一六万五八〇〇円、三協アルミドル建ワラント一〇単位を一五四万六九二五円で買い付け、同月二三日に右日本酸素ドル建ワラントを三二八万〇八八三円、三協アルミドル建ワラントを一七四万三七四〇円で売却し、いずれも利益を得ていた。

7  ワラント附社債(新株引受権附社債)のうち社債部分から分離されたワラント(新株引受権証券)は、発行時に予め定められた一定の権利行使期間内に権利行使する場合に限って一定の権利行使価額で新株を引き受けることができる権利を表象するものであって、社債部分とは別個に独立して投資の対象とされるものである。

ワラントを保有する場合、ワラントの発行会社の株価が権利行使価額を上回っている場合には投資者は割安に新株を取得することができることになるものの、その株価が権利行使価額を下回っている場合には新株引受権を行使することは経済的に無意味になり、また、権利行使期間を経過してしまえば新株引受権は失われるからワラントはもはや経済的な価値を有しなくなる。ワラントの理論価格(パリティ)は、株価と権利行使価額との差額によって規定されるが、現実のワラントの市場価格はパリティに更にプレミアムが付加されたものであり、プレミアムは権利行使期間の長短、株価上昇の期待度及び株価変動性の大小、ワラント価格の絶対水準の高低、流通性の大小等の要因によって形成される。

したがって、ワラントの投資者は、新株引受権を行使することも、その代わりにワラントを売却することによりワラント自体の値上がり益を取得することもできるが、権利行使期間内にそのいずれかを選択しなければワラントは無価値となる。

そして、ワラントの市場価格はワラント発行会社の株価に連動して変動するが、その変動率は株価の変動率より格段に大きく、株価の数倍の幅で上下する(「ギアリング効果」といわれる。)そのため、ワラントは、値上がりも大きい反面、値下がりも激しく、ワラントの市場価格はゼロになることがあり、また、株価が権利行使価額を下回ったまま権利行使期間を経過すれば無価値になるところから、株式投資と比較して投資効率が高いものの、投資資金の全額を失う危険があり(しかし、株式の信用取引や、商品取引と異なり、投資資金の額以上の損失を被ることはない。)、ハイリスク・ハイリターンの性質を有するものである。

8  高倉は、被控訴人に対し、平成元年五月二四日買付けのロームドル建ワラントの購入を勧誘するについて、電話でワラントについての説明をしたが、その際、自らを「ワラントの申し子」と称した上、ワラントにはギアリング効果があり、株が一〇パーセント値上がりするのに対しワラントは二〇パーセント、三〇パーセント値上がりするということがあるが、反面、逆に値下がりの幅も大きいので紙切れ同然となる場合もあり得ること、リスクが最も大きい場合は買付けの際の出資金が無くなってしまうことがあるが、信用取引のように更に資金を出す必要はないこと、ワラントには権利行使期間があることなどについて説明をした。

また、高倉は、右ロームドル建ワラント購入直後に被控訴人が控訴人の店頭を訪れた際、メモ用紙にグラフを書いて株価とワラントの市場価格との関係について、ワラントの理論価格、プレミアム、権利行使価額、ギアリング効果等の説明をした。

高倉は、そのころ被控訴人に対し、説明書を送付し、被控訴人はこれを受領し、目を通したが、説明書は目次一ページ、本文一一ページのものであって、ワラントの取引の仕組みについて説明をしたものである。説明書においては、ワラントの理論価格(パリティ)及び市場価格とその相互の関係、株価との関係等が説明されているほか、ワラント投資はハイリスク・ハイリターンの投資であって、株式投資より投資効率が高く、ワラントの価格は株価の上昇・下落よりも数倍の速さで上昇・下落する旨が記載されており、ハイリスクの点の説明として、株価が権利行使価額を下回るとワラントの価値は理論的にはマイナスになるが、その市場価格は権利行使期間が十分残っている限り、ワラントの理論価格がマイナスである場合にもゼロ以下にはならないこと及び株価が権利行使価額を下回ったまま権利行使期間が過ぎるとワラントの実際の価値もゼロになることが述べられており、本文のうちの二ページ目には見易い囲みの中にワラントの用語として、「行使価額」「行使期間」「付与率」の説明があり、「行使期間」については「新株を購入(引受け)できる期間のことで、発行時に決められています。この期間中にワラントを行使しないと、ワラントの経済的な価値はなくなります。」と記載されている。

9  被控訴人は、平成元年八月二五日、高倉から控訴人が幹事会社になっている横浜冷凍株が値上がりすると言われて購入を強く勧められ、同日二回にわたって同株を一株二〇九〇円及び同二一〇〇円で合計五〇〇〇株、代金合計約一〇五〇万円で買い付けたところ、同年九月一日午前、高倉から同株が値上がりしたからとして売却を強く勧められたため、売却を承諾した結果、同日午前九時三五分一株二二九〇円の指し値で全株売却の入力がされた。

10  同日、右横浜冷凍株の売却勧誘と相前後して、高倉は被控訴人に対し、日新製鋼ドル建ワラント一〇〇単位を一七六〇万円単位で購入するよう電話で長時間にわたって勧誘した。高倉は、当時鉄鋼株が一斉に目覚ましい勢いで毎日値上がりを続けていた状況にあったため、新規に発行された右ワラントも値上がりすると判断し、その判断に自信があったところから、当時の被控訴人の控訴人との間の取引総額を超える一〇〇単位の購入を強く勧めたものであった。被控訴人は、結局、高倉の勧めに応じて同ワラントを購入することとしたが、一〇〇単位購入するには資力不足であったので、横浜冷凍株の売却金を含む控訴人に対する預け金全額とこれに不足する分を別途支払うこととして七〇単位の購入を承諾し、その購入を高倉に依頼した。

高倉は同日午前一〇時四五分受注して被控訴人のために本件ワラントを購入した。高倉は本件ワラント購入を勧める際には、被控訴人は既にワラントについて十分理解していると考えていたので、改めてワラントそのものに関する格別の説明はしなかった。

被控訴人は本件ワラントの代金として控訴人に対する預け金全額を充当し、不足分一八万九一七三円については同月六日小切手を控訴人四谷支店に持参して支払った。

11  日新製鋼の株価はその後高倉の予測に反して値下がりし、本件ワラントの価格も下落して、権利行使期限到来前にゼロに近くなった。被控訴人は、その後も、しばしば高倉に本件ワラントの市況を問い合わせ、平成三年五月まで控訴人との間で株式売買取引を行い、その間の平成二年四月六日には本件ワラントと同銘柄の日新製鋼ドル建ワラント三〇単位を二七二万一一八七円で買い付けた。右買付けは被控訴人が高倉に市場価格を問い合わせ、高倉から今なら半値で買えるといわれたため買付けを依頼したものであったが、同買付け分もその後株価が権利行使価額を下回ったまま権利行使期間を経過したことにより、結局、無価値となった。

12  被控訴人は、控訴人に対して、遅くとも平成元年八月二三日ころまでに、「私は、貴社から受領した説明書の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」との記載のある同年五月二四日付けの「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)を提出した。

二  そこで、高倉の被控訴人に対する本件ワラントの購入勧誘の行為が違法であるかどうかについて検討する。

1  元来、証券取引において、市場価格の変動を確実に予測することは不可能であるから、証券取引に関し証券業者が投資家に対して取引の利益と危険の見通しについて述べる判断が、本質的に多くの不確定要素を含むものにならざるを得ないことはいうまでもない。したがって、投資家がその取引の利益と危険について証券業者の提供する判断に基づいて証券取引を行う場合にも、本来、投資家としては、右証券業者の判断のはらむ不確実性についても明確に認識した上で自己の責任において判断を行い、自己の責任において取引を行うべきものである。

しかし、もとより、証券業者は法律により証券業を営むことを許されており、また、証券取引に関する専門家として豊富な知識、経験と高い能力を有する者であって投資家もその点に信頼を置くものであるから、証券業者及びその従業員としては、投資家に対し取引の利益と危険に関する判断を提供する際には、投資家の自主的な判断を誤らせないように配慮すべき立場にあるというべきである。したがって、証券会社の担当者が投資家に対し証券取引の勧誘をするについては、その取引の性質、内容、投資家の証券取引に関する知識、経験、能力、資力等に照らし、投資家の自主的判断を誤らせ、投資家に対し投資家の予測できないような過大な危険を負担させることのないように配慮をすべき義務があり、右義務に違反して社会的に相当とされる範囲を逸脱した手段、方法によって勧誘をしたため、投資家が損害を被ったときは不法行為責任を免れないというべきである。

2  被控訴人は、高倉が本件ワラントの購入の勧誘をするについて、ワラントのリスクの大きいことを知らない被控訴人に対し、リスクについて十分な説明をせず、本件ワラントの価格が下落傾向にあるのに値上がりが確実であるかのように述べつつ、一点買いによる多額の本件ワラントの購入を執拗に勧誘した行為は違法であるとし、本件ワラントは、発行会社の株価が結局権利行使価額を割り込んだまま権利行使期限を経過したため無価値となり、被控訴人は本件ワラントの購入代金相当額の損害を被ったが、右損害は高倉の違法な勧誘行為によるものである旨主張する。

3  被控訴人は、まず、右のように高倉には本件ワラント購入の勧誘をするについてワラントのリスクの大きいことについての説明義務違反があると主張する。

(一) 前記一の10のとおり、被控訴人は、本件ワラント勧誘前に高倉の勧誘により三銘柄のドル建ワラントの売買を経験しており、高倉は被控訴人に対して本件ワラントの購入を勧めた際、被控訴人は既にワラントそのものについては十分理解していると考えていたため、改めてワラントについての説明は行っていない。したがって、被控訴人に対する高倉のワラントのリスクの説明について説明義務違反があるか否かを検討するには、本件ワラント以前のワラント購入の際の高倉の説明が問題となる。

そして、被控訴人がワラントの取引を経験したのは、平成元年五月二四日のロームドル建ワラントの買付けが最初であり、高倉のワラントの説明等もその前後のころに行われているが、被控訴人は、右ロームドル建ワラントの買付けをするまでに、株式取引については相当の知識、経験を有しており、しかも、被控訴人が被ったと主張する損害は右のように株価が権利行使価額を割り込んだまま権利行使期限を経過したため、本件ワラントが無価値になったというものなのであるから、前記一の7のような株式と異なるワラントの特質からすれば、被控訴人に対する不法行為の成否の判断の前提として問題となるワラントのリスクについての高倉の説明義務の内容は、株式と異なるワラントの危険性であり、具体的には、第一にワラントの市場価格の変動率は株価の変動率より格段に高く、株価の数倍の大きい値動きをするため、ワラントの市場価格はゼロになることがあるということ、第二に、ワラントには権利行使期間があり、権利行使期間を経過した場合にはワラントは無価値になるということの二点(以下、それぞれ「第一点」、「第二点」という。)であるというべきである。

(二) 前記一の8の事実によれば、高倉は、被控訴人に対し、ロームドル建ワラントの購入を電話で勧誘した際及び右ワラント購入直後に被控訴人が店頭を訪れた際にした説明において、第一点の内容についての説明をしており、第二点についてもワラントには権利行使期間があることについては説明しているというべきである。

(三) そして、原審における被控訴人本人の供述によれば、被控訴人は高倉の右説明によりワラントの市場価格にはギアリング効果があり、ワラント取引は株式取引より利益率は高いものの、値下がりする場合には株価より大きく値下がりするため、株式取引より大きい損失が生ずることがあるということを理解していたことが認められる。

(四) 被控訴人は右供述において、株価が権利行使価額を下回った場合や、権利行使期間を経過した場合にはワラントが無価値になってしまうものであることは知らなかったし、また、高倉から送付された説明書も一応見たもののよく理解できなかった旨述べている。

しかし、前記一の8認定のとおり、右説明の際、高倉はワラントの値下がりが大きい場合にはワラントは無価値となることがあることを説明していることが明らかであり、右の点を知らなかった旨の被控訴人の右供述は首肯できない。

また、被控訴人のロームドル建ワラント購入の直後ごろの時期に高倉が送付した説明書には、ハイリスクの内容及び権利行使期間についての説明として前記一の8認定のような記載があるが、右説明部分はその使用している文字や紙面上のレイアウトの点からしても、その説明文の内容からしても、前記一の1ないし3及び5のとおり、証券取引について相当の経験を有し、熱意のある態度で臨んでおり、かなり社会的活動も行っていた被控訴人にとって決して理解し難いようなものではなく、むしろ、前記認定のような趣旨の内容であることは容易に理解し得るものであると認められる。

そして、被控訴人が控訴人に対し、本件ワラント購入前に前記一の12のような内容の確認書を提出していることも併せ考えると、結局、説明書の右説明部分をよく理解できなかった旨及びワラントが無価値になることのあることを知らなかった旨の被控訴人の前記供述は到底採用できないというべきである(しかも、被控訴人は株価が下落し、権利行使価額を割り込んだまま権利行使期限を経過したため本件ワラントが無価値となったことを損害として主張するが、乙第一〇条、第一一号証並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、被控訴人に対し平成四年六月一五日付け及び平成五年六月一五日付けで、それぞれ「新株引受権(ワラント)についてのご案内」と題する書面を送付し、右各書面はそのころ被控訴人において受領したこと、右各書面には本件ワラントの権利行使期限が平成五年八月一〇日であることのほか、「(ご注意)」として「ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという証券です。したがって、行使請求期間内に権利行使を行うか、ワラントのまま売却するかを選択していただくことになります。」との記載がされていることが認められる。したがって、被控訴人は、仮に、本件ワラント購入当時、権利行使期限を経過すればワラントは無価値になるということを認識していなかったとしても、少なくとも、平成四年六月一五日付けの右書面によってそのことを認識したものというべきであるから、被控訴人において権利行使期限を経過すればワラントが無価値になることを知らなかったために右期限を経過したということはあり得ないというべきであり、被控訴人が権利行使期限が経過すればワラントが無価値になることを知らずに本件ワラントを購入したとしても、そのことと権利行使期限経過による価値の喪失との間には因果関係はないというべきである。)。

(五) そうすると、高倉は、ロームドル建ワラント購入の前後のころ、被控訴人に対し、電話及び店頭での説明及び説明書により第一点及び第二点の内容について説明しているというべきである。

したがって、被控訴人は右説明により、ワラントの価格は株価より変動率が格段に高く、株価の数倍の大きい値動きをするため、ゼロになることがあること及びワラントには権利行使期間があり、権利行使期間を経過した場合にはワラントは無価値になることを理解していたものというべきであるから、これによりワラントのリスクの大きいことを十分に認識していたものというべきである。

高倉は被控訴人に本件ワラントの購入を勧誘した際、改めてワラントのリスクの大きさについては説明をしなかったばりか、当時鉄鋼株が値上がりしていた状況にあったため、本件ワラントも値上がりすると判断し、その判断に自信を持っていたため、長時間にわたり本件ワラントの有利性を強調して勧誘したことがうかがわれる。しかし、被控訴人は当時幼児を抱え夫と離婚の調停中という立場ではあったが、四二歳という年齢で、事業家的活動も行っており、株式取引については相当程度の経験を有して、熱意のある態度で臨んでいたものであるのみならず、株式取引では損失も被った経験もあり、その危険性は熟知していたものというべきであり、ワラントが株式より投機性が高く、危険性が大きいことも理解していたのであるから、右のように高倉が本件ワラントの有利性を強調したとしても、被控訴人がこれによりワラント取引のリスクの大きいことについての判断を誤り、必ず利益が得られるものと考えて本件ワラントの購入を承諾したなどとは到底認め難いというべきである。

したがって、本件ワラントの購入の勧誘に関し、高倉に被控訴人に対するワラントのリスクの大きいことについての説明義務違反がある旨の被控訴人の主張は理由がない。

4  被控訴人は、また、高倉は、被控訴人に対し、本件ワラントの価格が下落傾向にあるのにその事実を告知せず、値上がりが確実であるかのように述べつつ、一点買いによる多額の本件ワラントの購入を執拗に勧誘したことが違法な勧誘方法であると主張する。

(一) しかし、本件全証拠によっても高倉が本件ワラント購入を勧誘した際、本件ワラントが値上がりすることが確実である旨断定的判断を示したことは認められず、また、当時、鉄鋼株の株価は軒並み毎日目覚ましい上昇を続けていた状況にあったのであり、乙第一二号証によっても当時日新製鋼ドル建ワラントのユーロ市場価格が下落傾向にあったとは認められないし、高倉の説明義務の内容は前記3の(一)のとおりであるから、右ユーロ市場価格の情報については高倉に説明義務はないというべきである。

(二) また、前掲甲第一号証、乙第七号証によれば、本件ワラント購入後の平成元年一〇月二五日被控訴人は高倉の勧誘によらず、自ら入手した情報に基づき控訴人に注文して山水電気株式合計二九〇〇株を合計三三八七万八七六三円で、同月二七日にも同株式合計一万一〇〇〇株を合計一二七五万六五〇二円で買い付けていることが認められる。このように、被控訴人は自らの発意により一挙に四六〇〇万円を超える資金を投入して山水電気株式を集中的に取得していることに加え、前記認定のような本件ワラント購入に至る経緯からすれば、高倉が被控訴人に対し控訴人における被控訴人の口座の預り金残額を超える金額の本件ワラントの購入の勧誘をしたことはその勧誘が長時間にわたったことを考慮しても何ら違法とはいえないというべきである。

(三) したがって、以上の点に関する被控訴人の右主張も失当である。

5  以上のとおりであるから、高倉の被控訴人に対する本件ワラント購入勧誘の行為が違法であるとする被控訴人の主張は理由がない。

三  以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく棄却すべきであり、原判決中被控訴人の請求を認容した部分は失当であり、控訴人の本件控訴は理由があるから、同部分について原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菊池信男 裁判官村田長生 裁判官髙野伸)

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